【小説】『走馬灯のセトリは考えておいて』を読みました。オタク文化は宗教かもしれない?

 前回は単行本で一冊読むのに一ヵ月かかり、いくら生活環境の変化によって読書時間が大幅に減少したとはいえさすがに一冊にかける時間があり得ないので、今回はサッと読めるよう短編集でページ数もそこまで多くないものを選びましたが、今回もなんだかんだで読むのに一ヵ月かかった。なんだコレ? 時間かけすぎじゃない?

 まあそんなことはさておき、ペンネームが戦国武将で著者近影もインパクトがあり過ぎる作家、柴田 勝家の最新短編集。個人的にこの作者さんはSFアンソロジーとかでは馴染みがあるのですが、意外と単著を読んだことがないことに気がつき、いい機会なので読んでみることにしました。

  書籍情報

  著者:柴田 勝家

 『走馬灯のセトリは考えておいて』

  早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版

  刊行日:2022/11/16

  あらすじ

 人が死後に自らのライフログから分身を遺せるようになった未来、“この世”を卒業するバーチャルアイドルのラストライブを舞台裏から描く書下ろし表題作のほか、コロナ禍によりウェブに移行した神事がVR空間上の超巨大競技へ進化していく「オンライン福男」、“信仰が質量を持つ”ことの証明に全生涯を捧げた東洋美術学者をめぐる異常論文「クランツマンの秘仏」など、文化人類学と奇想が響き合う傑作集。解説:届木ウカ

 収録作品は『オンライン福男』『クランツマンの秘仏』『絶滅の作法』『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』『姫日記』『走馬灯のセトリは考えておいて』の六作品となる。

『オンライン福男』は以前こちらで感想記事を書きました『ポストコロナのSF』に収録されていた作品。神社を走ることで有名な福男がコロナの影響でオンライン開催するも、どんどんエスカレートしていき次第に銀河レベルのVR空間でのオンライン福男になっていくコメディSF。再読ですが相変わらず面白い。

 二作目の『クランツマンの秘仏』は一般公開されない仏像を対象に「信仰と質量」を説いた思考実験的な作品。信仰される物体の重みが増して感じられることを「霊的質量」とし、厨子に納められた仏像の実在を超心理学的な観点から描いており、ちょっとしたミステリーでもある。実際に中身を見ない限り仏像の真実が明かされないという点については、ある意味シュレーディンガーの猫っぽさを感じさせるお話。

 三作目の『絶滅の作法』は人類滅亡後に地球に移住してきた異星人の話。人類文明を再現して人間っぽく生活している中で、本物の寿司が食べたいと言い出して材料調達からやり始める話だが、こういう話の持って行き方は嫌いじゃない。異星人の視点から人類文明を見つめなおす良作。割とあっさり読める。

『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』はやたらと小難しく書かれている作品だが、調べてみたらあの問題企画『異常論文』のために書き下ろされた短編であるらしく、納得した。『異常論文』は言ってしまえば論文形式の短編SFですが、それはもうSF作家さんたちがやりたい放題やった、読者に読ませる気あるのかと疑いたくなる企画で、この『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』もそういった方向性。信仰の広がりを寄生虫になぞらえて描いている作品。

『姫日記』はほぼ実話。とくに説明もないまま戦国時代のシミュレーションゲームが描かれ、SF短編集ということで電脳ゲームとかのSFゲームものかと思ったが、オチとして実在するクソゲーのプレイ内容だった。小説なのかコレ?

 ラストの表題作でもある『走馬灯のセトリは考えておいて』は、今でいうVTuberのようなバーチャルアイドルの話(まんまVTuberだけど)。ライフログにより死後でも生前のように活動ができる人工知能を残すことができる近未来において変化した死生観を描く一作。昔バーチャルアイドルだった女性のAIを開発していく話であり、収録作品の中でも一番ドラマ性に富んだ作品だった。AI制作に伴い女性のことを調べていくうちに少しずつ事情の全体像が明らかになっていく様は、ちょっとしたミステリーっぽさもあるかも。

 収録されているどの作品もある種の人文学的なアプローチでSFを描いているのが特徴で、とくに死生観について言及する作品が多くみられた。

 一方でオタクカルチャーの要素も強く、人文学とオタクとで本来なら交わらない要素同士をくっつけた結果いい感じの化学変化を生み出している点はとても興味深いところ。

 とくに表題作の『走馬灯のセトリは考えておいて』はまさにこのオタク人文学を炸裂させた一作となっている。ある意味では宗教や信仰と、オタクの推しという概念は、概ね同じようなものなのかもしれない。つまりはオタクは宗教(?)。

 そんなこんなでSF短編集『走馬灯のセトリは考えておいて』でした。

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