【小説】『海のカナリア』を読みました。これはまた……入間ワールド全開ですね

 現在テレビアニメ『安達としまむら』が好評放送中ですね。自分も毎週放送を楽しみにしていますし、なんなら最新話を見る前にニコニコ動画で配信される前回分をおさらいとして視聴するくらいです。

 そんなこんなで今や名実ともに百合作家として活躍されている入間人間先生。作品を振り返ってみても『安達としまむら』だけではなく、人気百合漫画『やがて君になる』のノベライズもあり、その他『少女妄想中。』『きっと彼女は神様なんかじゃない』『世界の終わりの庭で』などの単発での百合作品に加え、今月には『やがて君になる』の作者である仲谷鳰先生による表紙の『エンドブルー』が刊行されたばかりです。

 とはいえ古いタイプの自分にとっては、やはり『みーまー』(『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』)や『電波女と青春男』といったボーイミーツガールの印象が強いのも確かです。ホント、いつから百合作家になったのだろう?

 近年百合作品の発表が目立つ入間先生ですが、しかしながら百合だけを書いているわけではなく、比較的新しい作品の中から男女の物語を描いた作品を読むことに(本当のところはただ単にいつも通りAmazonにオススメされて久しぶりに入間作品に触れようと思っただけでもある)。タイトルは『海のカナリア』。

  基本的な書籍情報。

  著者:入間 人間

 『海のカナリア』

  KADOKAWA 電撃文庫より出版

  刊行日:2019/9/10

  あらすじ

 近所に住む小五女子の城ヶ崎君は、朝から鯨を見に海へ行こうと誘ってくる、行動力だけで生きているような少女だ。そんな彼女に言われるがまま、一緒に海へ向かう高二のぼく。十一歳と十七歳、恋愛、どはないと思う。二人で過ごすいつもの夏の水曜日。こんな穏やかな日々がずっと続けばいいのに―。夏の朝、目が覚めたらいつものように鏡の前で情報整理。「海野幸、十七歳、性別女性、二年C組、両親は健在―」顔にかかる髪を払い、ぼくを私に切り替える。曜日を確かめると水曜日。さぁ、今回も三日くらいがんばろう―。そして城ヶ崎さんは宣言する。「この世界を破壊したい」と。閉ざされた海辺の街で、ぼくと彼女は今日も出会う。

 久々の(?)男女の青春ものです……が、ただの青春ものではありません。というかこの作品に関しては「青春もの」とカテゴライズしていいのか疑問がありますけど。まあ登場人物が未成年なので青春ということで。

 あらすじだけを読めば百合っぽくもない書き方をされています。海野幸というぼくっ子女子高生が女子小学生の城ヶ崎君とアレコレする内容と読み取れなくはないです。ハイ、あくまであらすじだけを読めばの話ですが。

 しかしながら表紙には思いっきり少年が描かれていますので、まあ百合ではありませんね。百合っぽいあらすじに対して表紙はライトノベルらしい男女の構図です。……いやまあ百合脳を拗らせているせいであらすじを曲解しちゃっていますけど、表紙を見てあらすじを読めば普通に男子高校生と女子小学生のコンビであることが明白です。

 では実際どういった内容なのか? 「ぼく」である男子高校生と女子高生の海野幸とはどういう関係なのか。そして女子小学生の城ヶ崎君とは。

 序盤で明かされるネタとして、「ぼく」と海野幸の人格が入れ替わるというお話です。人格が入れ替わるというと映画『君の名は。』が有名で、なんなら作中で伏字セルフツッコミをしているくらいです。このあたりはパロディネタを多用する入間作品らしさがありますね。

 でも実際は『君の名は。』みたいな入れ替わりではありません。作中でもパロディツッコミのすぐあとに明かされますが、同一の身体での人格入れ替わりものです。つまりは多重人格。

 それを踏まえてあらすじを解釈するとこうなります。女子小学生の城ヶ崎君と交流し、自身も少年の姿となっているのは、実は女子高生海野幸の中の世界の出来事。本体は海野幸という女子高生で、「ぼく」は朝鏡を見て人格の入れ替わり状況を整理しているということです。つまりは海野幸の多重人格からなる精神世界の住人「ぼく」が主人公のお話になるというわけです。

 多重人格の一つの人格が主人公で、その内側の世界を舞台にするのはなかなかに斬新なものがあると思います。加えてただの多重人格世界や精神世界にとどまらず、SF風なからくりも用意されていて、作品の世界観が秀逸で面白かったですね。とくに時間に関する設定は興味深かったです。多重人格で街そのものを生み出して精神世界を作る海野幸はとんでもない女子高生ッス。

 とはいえこの作品、なかなかに読む人を選ぶ内容でしたね。作品の根幹である多重人格や精神世界の描写の難解さ、とくに人物の一人称がころころ変わり今どの人格の話なのかがわかりづらいところなど、なかなか一筋縄ではいかないものがあります。まあこれに関しては、入間作品特有の叙述トリックでもあり、言ってしまえばお家芸というか伝統芸能とでもいうのか、入間作品らしい作風でもあります。が、これまで読んできた入間作品の中でもトップクラスに面倒くさい叙述トリックな感じがしました。

 加えて、あえてそうしているのかもしれませんが、結構ふんわりとした文体であり、どことなく明言を避けるような書き方は実に解釈の幅が曖昧になる感覚があります。つかみどころのない描写がより一層作品を難しくさせているといったところ。

 正直に言えば、自分、この小説よくわからなかったです。いや内容は把握できていますけど、細かい考察とかはもうお手上げ。

 そういう意味も込めて、この『海のカナリア』はコアな入間ファン向けの、ある種のファンアイテムのような作品ではないかと感じました。多分賛否両論な作品かと。というか入間先生もこれ半分くらい趣味で書いてないですかね? それくらいに自由な感触があったような気がします。

 そんなわけで、割と軽い気持ちで読むと痛い目をみる作品でした。入間作品ファンの方にオススメ(とはいえコアなファンならもうすでに読まれているかと思いますが)です。あとは女子小学生が大暴れする話が好きな方にもオススメ。

 という感じで、『海のカナリア』の感想でした。

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