【小説】『ミモザの告白』を読みました。ラノベでは珍しい題材を王道ラノベにした意欲作

 今年の夏に劇場アニメーション作品『夏へのトンネル、さよならの出口』が公開予定でして、先月だか今月の頭に予告動画が公開されました。原作がライトノベルに収まらないくらいの完成度の高い小説でしたけど、さて映画版はどうなることやら……。

 どうやらプロの声優さんではなく一般の俳優さんを起用しているらしいですが、酷い演技だとせっかくの原作小説のよさが損なわれてしまいそうで心配です。まあとりあえず公開間近まで様子見。

 さて、そんな傑作ライトノベル『夏へのトンネル、さよならの出口』ですけど、そういえばこの作者さんの作品はこれしか読んだことがなく、他にも読んでみようと思っていたときに丁度よくBOOK☆WALKERでガガガ文庫のセールが開催されましたので、いい機会だったので読んでみました。

  書籍情報

  著者:八目 迷

 『ミモザの告白』

  小学館 ガガガ文庫より出版

  刊行日:2021/7/21

  あらすじ

 その告白が、世界を変える。とある地方都市に暮らす冴えない高校生・紙木咲馬には、完璧な幼馴染がいた。槻ノ木汐――咲馬の幼馴染である彼は、イケメンよりも美少年という表現がしっくり来るほど魅力的な容姿をしている。そのうえスポーツ万能、かつ成績は常に学年トップクラス。極めつけには人望があり、特に女子からは絶大な人気を誇っている――。幼馴染で誰よりも仲がよかった二人は、しかし高校に進学してからは疎遠な関係に。過去のトラウマと汐に対する劣等感から、咲馬はすっかり性格をこじらせていた。そんな咲馬にも、好きな人ができる。クラスの愛されキャラ・星原夏希。彼女と小説の話で意気投合した咲馬は、熱い恋心に浮かれた。しかしその日の夜、咲馬は公園で信じられないものを目にする。それはセーラー服を着て泣きじゃくる、槻ノ木汐だった。

 この『ミモザの告白』では、ヒロインが性同一性障害として身体は男子だけど心は女子であり、高校在学中にカミングアウトして女子の制服で学校生活を送るようになったことについて、主人公をはじめとするクラスメイトたちの反応や影響を描いたお話です。

 今の時代、ジェンダーへの関心は世界的にも高まっています。昨今ではLGBTという単語を見聞きする機会が多いですし、様々な分野においてポリコレ意識が取り入れられています。

 まあ……意識し過ぎて表現が過剰になってしまっているケースもあったり、受けて側でも極端な解釈で批判したりと、いろいろと賛否両論なところがあるのが実情ではありますけどね。とくにスポーツ界においては、心が女性だから男性の身体のまま女子競技に出場して上位を独占してしまうとかありますしね。細部まで突き詰めるには問題が難しいものがありますが、とにかく、差別や偏見などをせずフラットに、という意識はジェンダーに関係なく何事にも大切なことです。

 今回読んだ『ミモザの告白』も、ジェンダーを題材にした作品。とはいえ出ているのが小学舘のライトノベルレーベルであるガガガ文庫ですので、テーマに引っ張られ過ぎて難しい内容になったり、意識が高過ぎて読みづらかったりすることはなかったですね。

 むしろこういったジェンダーにまつわる難しくてデリケートな題材を、ライトノベル特有の青春ラブコメに落とし込んでいる点が、この作品における最大のポイントかと思います。

 そうなんですよ、題材からのメッセージ性やテーマ性に対して、ベースが青春ラブコメなんですよね。そのためライトノベルでの流行りジャンルとしての青春ラブコメ作品とは一線を画す強烈なまでの差別化ができているとも言えます。唯一無二っぽさがある感じ。

 で、実際の内容ですけど、確かにライトノベルのフォーマットに合わせたこともあって読みやすいですし、青春ラブコメとしての出来もいい。ただジェンダー的な観点からみると少々解釈が必要かと感じました。

 一言に、クラスメイトなどの登場人物たちの反応がいささか前時代的ではないかと。

 主人公の幼馴染がカミングアウトしてヒロインとなったことに対して、クラスメイトによるからかいや偏見、そしてそこから発展したいじめのシーンにおいても、さすがにちょっと稚拙過ぎるのではないかと違和感を抱きました。これは舞台が田舎の地方都市で閉鎖的だからというのを超えてしまっている気がします。とりわけ登場人物たちは高校生ですので、高校生であればもう少し理性的な思考ができると思うんですけどね(もっともいじめシーンにおける稚拙さは、いじめ主犯自身が幼稚であっただけでしたけど)。

 今の時代であれば、まだまだジェンダーについて誤解や偏見が残っているのも事実ですが、しかしジェンダー意識が高まってきている現代において周囲の登場人物たちの理解がなさすぎではないかと、読んでいて感じました。

 現に今の学生服って、従来の男子と女子それぞれの制服に加えて、選択制としての中間的なジェンダーレス制服も当たり前になっていると聞きます。実際に電車や駅とかで学生さんを見かけると、着ている制服のバリエーションが豊かになったと実感しています。

 そうした時代の変化があるのですから、そのリアル世代である中高生もジェンダーに対する認識の変化が生じていることは想像するに難くないと、自分は考えています。自分などの世代とは違って、今の若者はジェンダーに対してもっと寛容であるのではと思うのです。少なくとも頭の固い上の世代に比べれば若い方は何事においても柔軟だと思います。

 ただこういった登場人物たちの理解のなさも、作中の描写から背景を読み取ることもできるかと。

 とくに気になったのが主人公たちが手にしている「携帯」。スマホではなく携帯として登場し、しかも携帯を「開く」や「キーを押す」と表現しており、さらにはLINEやSNSではなくメールが連絡手段である点において、主人公をはじめとする登場人物たちが手にしているのはスマホではなくガラケーではないかと。

 そしてガラゲー全盛期といえば2000年代となるわけですから、もしかしたらこの『ミモザの告白』という作品は現代が舞台ではなく15年前や20年前を時代設定にした作品なのではないかと思うのです。

 そう考えれば、確かにジェンダー意識が高まっている現代とは異なり、2000年代であれば今よりももっとジェンダーに対する誤解や偏見があったはずですし、『ミモザの告白』に登場する人物たちの反応が前時代的であるのにも納得ができますね。

 ただまあどうなんでしょう? 作中では明確に時代設定が明かされていないので、普通に読み解けば現代になるはずですけど、でも「携帯」に関する描写から時代設定を2000年代とする解釈の方がしっくりくるんですけどね。いかんせ作中で明言されていないのでこの解釈が合っているのかどうかがわからない。

 ですがもしこの時代設定の解釈が合っていれば、この『ミモザの告白』という作品は細部まで計算尽くされたクオリティの高い小説と言えるでしょう。

 ライトノベルで性同一性障害を扱ったジェンダー的な意欲作であり、また主人公と幼馴染のヒロインとサブヒロインとの三角関係を描いた王道青春ラブコメでもありますけど、しかし読み解き方によってはとてつもなく高度に仕上げられた傑作であるのかもしれません。でも……どうなんでしょう?

 とりあえず『ミモザの告白』は読みやすくラブコメとして面白い作品でした。ただデビュー作である『夏へのトンネル、さよならの出口』と比べると、いささか勢いが足りないような気がしました。扱った題材だけに、少々優等生な作品となってしまっている点は、個人的にちょっと惜しいなと感じましたね。

 という感じで、青春ラブコメの意欲作『ミモザの告白』でした。

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