【小説】『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』を読みました。これで三秋縋作品コンプリートした

 三秋縋作品について、個人的に「最高傑作は『君の話』で次点で『恋する寄生虫』、世間的な代表作は『三日間の幸福』」と勝手に認識しています。とはいえ三秋作品のすべてを読んで判断しているわけではないので、根拠のある主張かといえばそうでもない。

 と、著作一覧を眺めてみると未読が二冊だけ(上下巻もの)であったので、だったらとっとと読んでしまおうということで、読みました。そうして三秋作品コンプリートしたので、改めて、そして堂々と三秋作品についての最高傑作を語ろうではないか。

 というわけで今回は上下巻になってる『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』についてから。

  基本的な書籍情報。

  著者:三秋縋

 『君が電話をかけていた場所』

 『僕が電話をかけていた場所』

  KADOKAWA メディアワークス文庫より出版

  刊行日:2015/8/25

      2015/9/24

  あらすじ

 『君が電話をかけていた場所』

「賭けをしませんか?」と受話器の向こうの女は言った。「十歳の夏、あなたは初鹿野さんに恋をしました。しかし、当時のあなたにとって、彼女はあまりに遠い存在でした。『自分には、彼女に恋をする資格はない』。そう考えることで、あなたは初鹿野さんへの想いを抑えつけていたのです。…ですが、同時にこうも考えていました。『この痣さえなければ、ひょっとしたら』と。では、実際に痣を消してみましょう。その結果、初鹿野さんの心を射止めることができれば、賭けはあなたの勝ちです」。

 『僕が電話をかけていた場所』

 ずっと、思っていた。この醜い痣さえなければ、初鹿野唯の心を射止めることができるかもしれないのに、と。「電話の女」の持ちかけた賭けに乗ったことで、僕の顔の痣は消えた。理想の姿を手に入れた僕は、その夜初鹿野と再会を果たす。しかし皮肉なことに、三年ぶりに再会した彼女の顔には、昨日までの僕と瓜二つの醜い痣があった。途方に暮れる僕に、電話の女は言う。このまま初鹿野の心を動かせなければ賭けは僕の負けとなり、そのとき僕は『人魚姫』と同じ結末を辿ることになるのだ、と。

 まずはこちらの上下巻の感想から。端的に、いい意味で面倒くせぇ作品だと思いました。

 まあ三秋作品は大体ネガティブ要素満載といいますか、人生転落気味でグダグダとくだを巻いているどうしようもねぇ主人公が、ほぼ同類のヒロインと出会い一緒になってネガティブスパイラルに陥っていく、要は大体不幸な話ばっか書く作風かと思います。

 なんと言いますか、近代文学の文豪みたいな堕落した禍々しさを抱えた青春劇ですかね。……ちょっと言い過ぎたかも。音楽でたとえるならば、amazarashiみたいな鬱ソングと親和性があるかも。ちょっと病み気味のメンヘラ文学みたいな感覚があるかもしれません。……ちょっと言い過ぎかもしれませんが。

 そういった鬱々する話をライト文芸のフォーマットで描くのが三秋作品の特徴かと思います。

 それらを踏まえて今回の上下巻作品は、まあ、いつも通りのネガティブな話になっています。メインの登場人物二人もお互いがお互い不幸で闇を抱えている人物なので、基本プラス思考とかなく何事も疑念を向けるものですから、結果をいうと両想いなんですけどお互い不器用過ぎて読んでいてもどかしい。「もう面倒くせぇな! コイツらw」とツッコミたかった。

 あとストーリーに関わる部分では、この作品のラストで明かされる所謂黒幕的存在も、若干メンヘラ入っていて「コイツ面倒くせぇな」状態。黒幕の正体が明かされてからそれまでの話を振り返ってみると、コイツのせいで散々引っ掻き回されて面倒なことになったので、やっぱりコイツ面倒くせぇ奴だなって感じ。

 その他作品のクオリティの面としても、伏線やストーリー構成にひと手間かかっているおかげで、話そのものがより複雑に絡み合っている様相。まあ黒幕が引っ掻き回しているせいなんですけどね。作中の情報を整理して俯瞰してみると「面倒くせぇ話だな」という感想になります。

 あと単純に上下巻でトータルの文字数が多く話が長くて読むのが面倒くさい、というのもあるかも。

 ただまあこういった面倒くせぇ要素というものはこれまでの三秋作品にもあって、むしろそういった面倒くささが作風でもあるネガティブ要素の表現に繋がっているのも確か。今回は上下巻だからこそより一層面倒くさかったということ。こういった面倒くささが三秋作品の面白いポイントの一つでもあるのかなと認識しています。

 あと今回に限ってはハッピーエンドな結末に落ち着いている。それまでは、大抵の場合主人公かヒロインかのどちらかが死ぬ(もしくは死と同等の破滅状態になる)か、両方破滅するかのどちらかだったので、こうした純粋なハッピーエンドは珍しいと思ってしまいました。

 さて、今回上下巻ものを読んだことで、三秋縋作品を一通り読んだことになります(書籍になっている作品に限る)。

 そのうえで個人的な感想として、三秋縋作品の最高傑作って、やっぱり最新作の『君の話』ではないかと勝手に思ってます。

『君の話』は他作品と比べて明らかにサイエンス・フィクションな世界を描きつつ、持ち味であるネガティブ恋愛ストーリーを軸に、ミステリーを思わせるような謎が謎を呼ぶ風味、さらには物語そのものの印象を反転させるかのようなギミックのあるストーリー構成など、エンタメ小説として読ませる力があった作品でした。また他作品とは違いもうちょっと一般文芸に寄せていて、これまでの三秋作品にはなかった新しい試みがあったという印象を覚えています。

 そして次点も変わらず『恋する寄生虫』。『君の話』の一個前の作品。こちらは基本ライト文芸のフォーマットにのっとっているのですが、これまでの作品よりももうちょっとスマートというかスタイリッシュにまとめた印象ですかね。物語としての構成もクオリティを上げていますし、なにより三秋作品お馴染みの不思議要素に対してSF的なアプローチをしているところは、なんちゃってSFファンを自称している自分に刺さりました。

 ただやっぱり世間的な代表作ということであれば『三日間の幸福』になるかと。まあ元々ウェブで公開されていて当時の2chでSSとしても投稿されまとめサイトにまとめられるなど、書籍になる前から有名な作品でしたので、三秋作品の中でもダントツで印象的な作品なのかも。

 ということで、三秋作品をコンプリートする前に抱いていた「最高傑作は『君の話』で次点で『恋する寄生虫』、世間的な代表作は『三日間の幸福』」という勝手な認識は、実際にコンプリートしたあとでも結局変わらなかったということになりますかね。

 まあこれに関しては、新作を発表する度にSF度を増していくさまが、なんちゃってSFファンである自分の琴線に触れたという要因が大きいように思えます。

『三日間の幸福』をはじめとする初期の三秋作品、『スターティング・オーヴァー』もそうですし『いたいのいたいの、とんでゆけ』も当てはまるかと思いますが、SF風味ではあるもののそれはあくまで「風味」であり、SFとしては要素薄め。見方によっては「すこしふしぎ」とすることもできなくもない、といったところ。自分の印象としては、初期の作品は設定面の種明かしをはっきりさせず、不思議は不思議のまま処理させているような気がしています。

 一方今回読んだ上下巻『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』は、刊行順でいうと『恋する寄生虫』の一個前となるのですが、この上下巻作品はちゃんとメインギミックである不思議設定の種明かしをしています。ただ方向性としてはファンタジーに分類されるもの。このファンタジーもしっかり設定を固めているので、初期作品の不思議要素→ファンタジー、という変化が見受けられたと解釈することもできるかと。

 そしてそのあとの『恋する寄生虫』でSF要素を取り入れ、さらには最新作の『君の話』に至ってはガッツリSFになっているところを見ると、初期作品の不思議要素→上下巻のファンタジー→新作のSF、と作風の変化が見受けられるかと。

 そういう意味であれば上下巻作品『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』は、三秋縋作品の作風変化の過渡期にあたる作品なのではないかと、個人的に勝手に思ったりしました。

 という感じで、三秋縋作品を読破した今だからこそできた個人的な総括としての感想でした。

 ところで最新作にあたる『君の話』が上梓されたのが18年7月で、ちょうど三年くらいになるのですけど、じ、次回作は一体いつに……。

 いや、とはいえ『恋する寄生虫』から『君の話』まで二年の期間がありましたから、次回作はそれ以上の力作の発表になるのでは?

 もしくは今年公開予定されている実写映画版『恋する寄生虫』にあわせて何か新企画が用意されているとか……?

 何にせよ、三秋縋先生の次回作に期待。

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