【小説】『はじまりの町がはじまらない』を読みました。噂でSFと聞いたが本当にSFで驚いた

 通販サイトや電子書籍サイトなどでSF作品を検索したり、カテゴリーをSFに設定したりしてSF小説を探しますが、そのとき結構な割合で「これってSFなの……か?」と明らかに腑に落ちないものがSF作品として設定されていることがあります。

 そういった作品でダメ元で読んでみると、やはり全然SFと関係ないものが多く、わかってはいましたけど落胆することがありますね。

 ただ中には本当にSFとなっている作品もあって、そういった作品に出合えると掘り出し物感覚で興奮しますね。

 今回読んだものも、明らかにSFではないだろうけどSF作品として検索に出てくるから試しに読んでみたらちゃんとSFだった作品です。

  書籍情報

  著者:夏海 公司

 『はじまりの町がはじまらない』

  早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版

  刊行日:2022/8/17

  あらすじ

 MMORPG「アクトロギア」のサービス終了が決定。そんななかゲーム世界の〈はじまりの町〉で町長を務めるオトマルは、唐突に自我を獲得する。同じく覚醒した毒舌秘書官のパブリナの説明で、世界の終わりを阻止するためには冒険者たちの満足度向上が必須と理解した町の住人たち。ショップやクエストの最適化、近隣国との交易。NPCたちの奮闘はやがて世界の外側をも巻き込む大事件へ――終わりかけゲーム復興物語!

 表面だけ見れば完全にゲーム小説ではある。実にライトノベルらしさがある一方で、出ているのが早川書房ということもあり、「ハヤカワのラノベ枠かな?」と思ったのが第一印象。

 そして実際に読んでみたのですが、まあ期待通り(?)のゲーム小説ではある。ただゲーム小説だとしてもよくあるMMORPGを題材にした一般的なゲーム作品とは異なり、この『はじまりの町がはじまらない』はメタ的なネタが多いのがポイントかも。

 というのも、作中のゲームがまあクソゲーでして、そのクソゲーの世界をNPCの視点でメタをする内容が基本なので、ゲーム小説であることは間違いないのですが、ジャンルとしてはむしろメタフィクションに該当する作品ですね。

 そうしたクソゲーあるあるを痛烈に皮肉ったメタフィクションとしてお話が進行する。最初のうちはクソゲーのクソな部分を笑いのネタにしていくが、途中から主人公たちNPCがゲーム世界の仕様から果てにはバグまでもを利用しはじめ、さらにはゲーム内の存在であるはずのNPCが外の世界、つまりは現実世界の観測からの干渉をはかるなど、ゲームを題材としたメタフィクション作品としての完成度が高いと感じました。

 そして終盤、これがまた「そう来たか」といった具合に、メタフィクションとして意外な方向へストーリーをまとめていく。NPCが外の現実世界への影響力を加味したうえでのオチ。もちろんNPC自身は現実世界へ行くこともできないし干渉するのも限度がある。

 しかしこのクソゲーの中でNPCたちが世界滅亡の危機(サービス終了)に抗った末に自分たちの真の姿、NPCであることは理解したもののその自分たちをNPCとして動かしている存在が何なのかが明かされるシーンにおいては、まさしくSF的な内容となっている。

 そうしたSF的なラストなものですから、読後としても「SFだった」という感想が出てきますね。

 ただ読後感はSFですけど、それは自分が割とSFの幅を広く認識している人間だからこその感想だと思います。

 この『はじまりの町がはじまらない』をSFと捉えるかどうかは、やはり人それぞれとなるでしょう。ましてはハードSFや本格SFを好む方だと、残念ながらこの作品をSFとすることに疑問を抱かれるかもしれません。

 ただ自分としては、まあそもそもが何でもかんでもSF認定するようなガバガバSF感ではあるのですけど、メタフィクションとSFはとても相性のいいジャンルだと考えています。

 まあ言い方は語弊があるかもしれませんけど、メタフィクション作品においてメタネタをしている以上、その作中世界とは違うメタネタが通用する世界の存在があるはずでして、それは言ってしまえば並行世界とか高次元存在とかになるのではないでしょうか。

 そういった並行世界や高次元存在などはまさしくSFジャンルの領域であり、その観点からメタフィクションというジャンルを考察していくと、やはり自分としてはメタフィクションというだけでも充分SF作品として機能するのではないかと思っています。

 今回読んだ『はじまりの町がはじまらない』では、現実世界にあるゲームの中の世界を描いており、そのゲームの世界から高次元存在である現実世界に影響を及ぼす内容となっている。

 一方で、我々が暮らしている実際の現実だって、この世界が仮想世界であるか否かという証明は残念ながら不可能です。このあたりのことは仮想世界説とかシミュレーション仮説とかで調べると面白いものが出てくるかと思います。

 こういった正直オカルトネタっぽい仮想世界説をゲームを題材にしてメタフィクションを描いたという点においては、まさしく立派なSFであるといえますね。

 そんなこんなで、『はじまりの町がはじまらない』の感想でした。

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