【小説】『サーキット・スイッチャー』を読みました。これはいいSF……いやこれはサスペンスだ!

 前回は第9回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞した『スター・シェイカー』を読みましたが、巻末の選評にて大賞を競い合い結果優秀賞となった『サーキット・スイッチャー』の評価を読んでむしろ優秀賞の方が気になってきた、と締めくくりました。

 選評において大賞の『スター・シェイカー』はSFとしてのスケールが大きいもののクオリティ面でマイナスが多いとされ、一方優秀賞の『サーキット・スイッチャー』はクオリティは高いけどSFとしては小ぶり、との評価でした。

 そんな選評を読んでしまったからには『サーキット・スイッチャー』の方も読まなければ! と感じ、衝動買いして早速読みました。

  書籍情報

  著者:安野貴博

 『サーキット・スイッチャー』

  早川書房より出版

  刊行日:2022/1/19

  あらすじ

 人の手を一切介さない”完全自動運転車”が急速に普及した2029年の日本。自動運転アルゴリズムを開発する企業、サイモン・テクノロジーズ社の代表・坂本義晴は、ある日仕事場の自動運転車内で襲われ拘束された。「ムカッラフ」を名乗る謎の襲撃犯は、「坂本は殺人犯である」と宣言し尋問を始める。その様子が動画配信サイトを通じて全世界へ中継されるなか、ムカッラフは車が走っている首都高速中央環状線の封鎖を要求、封鎖しなければ車内に仕掛けられた爆弾が爆発すると告げる……。ムカッラフの狙いは一体何か――?テクノロジーの未来と陥穽を描く迫真の近未来サスペンス長篇。

 あらすじの内容からしてまさにサスペンス的であるこの作品。実際に作中では2029年の近未来(近未来いうよりはもっと至近未来と言うべきか)を舞台に事件を描いた作品になります。

 完全自動運転が実用化した社会においても交通事故は発生していて、いくら高性能なアルゴリズムや、各種カメラやセンサーなどがあったとしても避けられない事故はどうしてもあって、そういった事故のパターンとしてあらわれるのが所謂トロッコ問題。

 トロッコ問題についてはあまりにも有名な話でもあるので割愛しますが、交通事故においてどちらかを選ばなければならない状況において機械の意思決定はどうなるのか、という問いがこの作品の根幹の題材になる部分ですね。

 そして、これは物語のメインテーマでもあり前半部分で描かれているので明かしますが、犯人のムカッラフの主張は「自動運転のトロッコ問題において人種差別のアルゴリズムがある」というもので、主人公である坂本社長の車をカージャックするに至るお話。

 もちろん坂本本人は何のことだかさっぱりわからない状態で、その状況のまま社会全体を巻き込んだカージャック事件へと拡大していく内容は、まさにこれからの社会問題を提起するものでもあって、実に読み応えのあるテーマ性でもありました。

 真相についてもひと捻りの意外性があり、また全体を通してテンポのよさや文体の読みやすさも相まって、途中で飽きることなく読み進められますね。

 そして坂本社長のほか、犯人のムカッラフの視点、捜査を進める刑事の視点から、犯罪利用された動画配信サイト側の視点など、様々な視点から一つの事件を描き出す様はまさにサスペンスらしさがありました。

 そう、この作品を読んで一番思ったのが、まさにこの「サスペンス要素」になるわけです。

 文体や構成のほか、各種の設定や完全自動運転社会への考察など、小説作品としてのクオリティがとても高く、小説単体でみれば文句のつけようのない内容でした。

 しかしながら、この作品が応募した新人賞がハヤカワSFコンテストであり、SF作品として見た途端に「おや?」と違和感を抱くものがありますね。

 作中の時代設定が2029年ということですが、今現在からでは七年後の出来事となりまして、SF作品の近未来としては「近すぎない?」という感覚がします。現に、この『サーキット・スイッチャー』という作品は広義的なSF作品であることは間違いないのですが、SFというよりはむしろ「ITを題材にしたサスペンス」というのが強い印象でしたね。

 このあたりは以前ここで感想記事を書きました『ハロー・ワールド』(著者:藤井 太洋)と似た感覚があるかも。『ハロー・ワールド』も出版時期からおよそ二年か三年後の至近未来を描いたIT小説となりますが、こちらは作者がSF作家ということもあり、なおかつ最先端のテクノロジーを描いているのもあって、至近未来でありながら充分SF感のある作品となっていました。

 今回の『サーキット・スイッチャー』においても『ハロー・ワールド』と同様にSFらしさはあるのですが、SF以上にもっと現代的な印象を受けた具合です。もちろん『ハロー・ワールド』よりもさらに先の未来を描いてはいますが、結局のところSFで描かれるような未来像というよりは現代の延長でしかない未来感だった感じですかね(もちろんSFでの近未来も現実の延長線上にあるものですが)。

『ハロー・ワールド』をSF作品と定義するのであれば、『サーキット・スイッチャー』も充分SF作品といえるのかも(でも読んだ感じでは『ハロー・ワールド』の方がSFらしさがあったのはなぜだろう? 作家キャリアの差?)。

 まあ自分としては『サーキット・スイッチャー』はサスペンスとしてもそうですしなによりSFとしても、とても楽しめた作品でした。

 ただあえて欲を言うとしたら、個人的にはエピローグが欲しかったですね。この作品では事件を解決して完結となるのですが、なんだがぶつ切り感が否めず「そこで終わりなの?」という気持ちになりました。

 主人公である坂本社長のその後もそうですし、実行犯であるムカッラフのその後、真相を経ての事件のその後や、事件に対する世間の反応など、登場人物を中心に事件を振り返るかたちで掘り下げてもらえると、よりキャラクターとしての登場人物の魅力が印象的になったのかもと思いました。

 また事件の結末において提示された「新しい未来」というものを、具体的なシーンも欲しかった。そうすれば作中より先の未来のどこがどう変わったのか、という未来像を描いたオチであればよりSFらしい読後感になったのかも。今の結末はSFのオチというよりはやっぱりサスペンスのオチになってしまっているので。

 こんな感じで第9回ハヤカワSFコンテスト優秀賞『サーキット・スイッチャー』を読んだわけですが、確かに選考員の評価の通り、小説としての出来が素晴らしい作品でした。

 ただ今回大賞を受賞した『スター・シェイカー』と比べてしまうと、そのSFのスケールの違いを大きく感じてしまいますね。

『サーキット・スイッチャー』を読む前では、『スター・シェイカー』の感想として「これが……大賞?(クオリティ的な意味で)」というものでしたが、この二作品を読み比べてみると、確かにSFのスケールとしては『スター・シェイカー』は間違いなく大賞受賞レベルだったということに気がつかされましたね。

 おそらく一般的な、総合的な新人賞であれば『サーキット・スイッチャー』が大賞を受賞していたかと思いますが、いやはや、SFの新人賞ということであればある種の納得してしまえる結果でもありますね。

 という感じで、『サーキット・スイッチャー』についてでした。

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