【小説】『あまいゆびさき』を読んで、百合とGL(ガールズラブ)の違いについて考えてみる

※この記事は、小説投稿サイト「カクヨム」にて2018年8月29日に公開されたものを一部修正して転載しています。

カクヨム版

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886711486/episodes/1177354054886838016

 ……私は今、放心している。これは、映画館で超大作を見終わったあと、エンドロールが終わって劇場に照明がついても席から立ち上がることができず、ただただ余韻に浸っている感覚に近いかもしれない。小説を読んでここまで心を打ちのめされたのは久々だった。

 その小説のタイトルは『あまいゆびさき』。作者は宮木 あや子。『校閲ガール』の方といえば知っている人もいるのではないでしょうか(残念ながら私は 『校閲ガール』を読んだことありませんが)。

 私はいつも通り、自分の好みである青春小説を探しにAmazonをプラプラと彷徨っていました。そこで表示されたレコメンドに『あまいゆびさき』がありました。あらすじを読んで「お! 百合ものじゃん!」と食いつき早速購入したのが始まりでした。

 基本的な書籍情報。

  著者:宮木 あや子

 『あまいゆびさき』

  早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版

  刊行日:2016/10/06

  あらすじ

 団地の隅のシロツメクサの野原で幼い少女たちは出会った。親が過保護すぎる純粋な真淳と、親にネグレクトされる大人びた照乃。正反対の環境で育った二人はたちまち惹かれあう。照乃が真淳に教えた秘密の遊びは二人の絆を強めたが、まもなく遊びが親に発覚して二人は引き離され……すれ違いと邂逅を繰り返し、傷つけ合いながらも互いを全てで求め合う少女たち。複雑で純粋な恋心と大人になるまでの軌跡を描く傑作恋愛小説!

 この小説は2013年に一迅社から単行本で出版され、のちに早川書房で文庫化されたものです。そう! 一迅社といえばコミック百合姫を出している出版社です。さすが一迅社!

 こちらが単行本版の表紙。一般向け(?)を意識したのか若干意識高い文庫版の表紙とは違い、こちらはアニメ調のイラストです。個人的にこっちの方が好きです。

 でですね、いやー、もう、出だしからすごかった。

 最初は二人が幼稚園児のときの、団地の空き地での出会いのシーンですが、

 一つのチョコレートを、口づけして舌を絡ませ合いながら食べるのです。

( ^ω^)<うんうん、おませな幼稚園児ですなー。

 もちろん二人はその行為の意味を知りません。

 続いて、

 空き地で口づけしたのち、二人で乳首をいじり合うのです。

( ゜Д゜)<お、おお……最近の幼稚園児は進んでるなー。

 もちろん二人はその行為の意味を知りません。触ったら気持ちよかっただけです。

 そして、

 空き地で二人並んでダブル放尿プレイ。

( ゚д゚) ・・・

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚) ・・・

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

(;゚ Д゚) …!?

 ここまでが冒頭20ページの内容ですよ! すごくないですか!! 私にはレベルが高すぎて度肝を抜きましたよ。ここまでインパクトの強い冒頭は人生で初めてでした。いやー、スゲェ……。さすが一迅社(?)。

 こんな強烈な出だしで始まる物語ですが、美して芸術的でありながら非常に読みやすい文章、現代日本で身分差の恋を再現したかのような二人の少女のリアルな環境描写、そしてサスペンス作品さながらの先の読めない緊張感あるストーリー展開。ラストはハッピーエンド! もうね、ページを捲る手を止められませんでした。それほどまでに読者を惹きつける力強さのある作品でした。これはまさに傑作恋愛小説です!

 そんな同性愛恋愛作品としても文芸作品としても傑作な作品『あまいゆびさき』ですが、しかし、この小説を単なる「百合」で片付けてしまうのはあまりにももったいない。

 というのも、昨今の「百合」って、最早ネットスラング化した影響で、実に軽々しく使われるようになったと個人的には思っています。「百合」という言葉そのものが安っぽくなったとでもいいましょうか。ちょっと女の子がスキンシップしたら百合認定されるような。アイドルとか声優さんのスラングで「百合営業」なんて言葉も出てきましたからね。この『あまいゆびさき』というある意味高尚な作品にはふさわしくないとさえ思ってしまったのです。

 ただまあ、私自身、そのスラング化した百合文化の影響を受けたせいもあり、正直百合という分野はにわか程度の意識しかありません。アニメとかで女の子たちがキャッキャウフフとイチャイチャしているシーンで「あら~」や「キマシタワー」とコメントする程度。

 そんな頭空っぽな私なりに、安っぽくなった「百合」という言葉に変わるものがないかと考えたとき、辿り着いた答えが「ガールズラブ(GL)」です。

 ガールズラブとは、つまり百合のことです。ネットで調べた結果、「百合=ガールズラブ」という具合です。

 ただガールズラブは主に恋愛関係であったり性的な関係であったりするので、昨今のソフトな百合文化に鑑みると、「百合」という大きな枠組みの中に「ガールズラブ」というコアなサブジャンルがある、といった印象でしょうか。「百合≧ガールズラブ」が、昨今の百合事情(?)なのでは。ある意味、小説という枠組みの中にある純文学みたいな関係なのかもしれません。

 で、そうなると、じゃあ「百合」と「ガールズラブ」の境界線はどこにあるの?という疑問が出てきます。

 ここまでの考察で、なんとなく「百合」はソフトで広義的、「ガールズラブ」はハイレベルで狭義的なイメージになりました。しかしあえて区分するなら、もっと明確な違いを見出すべきでは。

 そこで我が家でストックしている百合作品を見ていくことに。ただしもう夜遅く時間もないため、HDD内のアニメ録画の中から、比較的新しい作品を一作ピックアップしてみることに。ヒットした作品は、今年の冬アニメとして放送された『citrus』です。『citrus』は漫画原作で、原作は一迅社から出版されています。さすが一迅社!

 というわけで、『citrus』をサラッと視聴(時間が時間なので、お気に入りのシーンを記憶を頼りに再生)。そして思ったのですが、『citrus』って結構しっかり作られたアニメなんですね。なんと言いますか、ただ女の子同士がイチャイチャしているだけではなく、物語にちゃんとカタルシスがある感じですかね。描写もどことなく文学っぽくて、質の高さを再認識しました。

 そして昨今のソフトな百合文化を振り返る。

 そうして、ふと、見出したことが、「今の百合って、最早ネタというか、エンタメじゃね?」ということ。ほぼ一般化した結果、親しみやすいエンターテインメントとして昇華したのではないでしょうか。

 ならば「ガールズラブ」は? と思い、『あまいゆびさき』のことを振り返る。『citrus』にも共通してあるものは、どちらも文学的に女の子たちの関係を儚く尊く描かれていること。それは芸術的といってもいいレベルで。

 ん? 芸術的? そうか! 芸術だ!?

 先程百合とガールズラブの関係について、「『百合≧ガールズラブ』。ある意味、小説という枠組みの中にある純文学みたいな関係」と称しましたが、まさにこれではなかろうか。純文学は文字の芸術です。ならば芸術的な百合がガールズラブなのでは! ガールズラブとは純文学だった!?

 また逆説的に、百合としての尊さが増すと美しい芸術の域に達するということでしょう。

 つまりまとめると、

 百合=親しみやすいソフトな女の子の関係を扱った広義的なエンタメ。

 ガールズラブ=よりコアでレベルの高い、文学のような女の子の恋愛を扱った狭義的な芸術。

 ということではないでしょうか。

 さらにまとめると、

「『百合』はエンタメ! 『ガールズラブ』は芸術!」

 ということ。うん、なんかしっくりきた!

 ……まあ、あくまで個人的な見解なんですけどね。ただ自分の中でこうして定義付けできたことは何かしらの意義があるのだと思います。

 ホント、『あまいゆびさき』オススメです。是非!

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