【映画】『屍者の帝国』を紹介。小説と映画ではジャンルが違うかも

※この記事は、小説投稿サイト「カクヨム」にて2018年11月17日に公開されたものを一部修正して転載しています。

カクヨム版

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886711486/episodes/1177354054887538986

 自分はTwitterで早川書房公式アカウントをフォローしているのですが、この前、Project Itoh全三作品(『虐殺器官』、『ハーモニー』、『屍者の帝国』)がNETFLIXで配信開始するという宣伝引用ツイートを見ました。引用元のNETFLIXのツイートによると、11月から三作品配信開始したそうです。

 2015年の秋頃から順次劇場公開しましたから(制作側の諸事情により一部除く)ちょうど三年前ですね。いやー懐かしい。全作品映画館で見てきましたよ。それが今月からNETFLIXで見れるなんて、いいですね~。……まあ、NETFLIX登録してないから見れないですけどね。い、いいもん! ブルーレイのパッケージ持ってるから家でいつでも見れるもん!

 というわけで、Project Itoh作品がNETFLIXで配信開始したにちなんで、今回はProject Itoh企画の中で最初に劇場公開された『屍者の帝国』について。

 映画『屍者の帝国』あらすじ(東宝ページから転載)

“死者蘇生技術”が発達し、屍者を労働力として活用している19世紀末。ロンドンの医学生ジョン・H・ワトソンは、親友フライデーとの生前の約束どおり、自らの手で違法に屍者化を試みる。その行為は、諜報機関「ウォルシンガム機関」の知るところとなるが、ワトソンはその技術と魂の再生への野心を見込まれてある任務を命じられる。それは、一世紀前にヴィクター・フランケンシュタイン博士が遺し、まるで生者のように意思を持ち言葉を話す最初の屍者ザ・ワンを生み出す究極の技術が記されているという「ヴィクターの手記」の捜索。ワトソンはフライデーを伴いロンドンを発つ。それは、フライデーの魂を取り戻す為の壮大な旅の始まりだった。

 「屍者の帝国」キャスト・主題歌発表PV

 「屍者の帝国」劇場本予告

 まあ簡単に説明しますと、19世紀を舞台にしたゾンビ映画です!(多分違う)

 この『屍者の帝国』は、まず原作となった小説の制作背景を押さえた方がいいでしょう。

 小説『屍者の帝国』は、SF作家の伊藤計劃の第三長編作品として企画されていたものですが、しかし伊藤氏は病により死去。享年34。遺された冒頭の原稿を、芥川賞作家の円城塔によって書き継がれ、出版された作品です。伊藤氏と円城氏は同世代で似たようなデビューの仕方をしたこともあり、親交が深かったようです。自分が死ぬかもしれないときに、死者を労働力として再利用する話を書いていたそのセンスがスゴイ!

 原作小説にこのような背景がある影響で、映画版『屍者の帝国』では伊藤氏と円城氏の関係を表現として組み込み、原作にはなかった主人公ワトソンとフライデーの親友設定が加えられ、生者と屍者という関係性からテーマを強調するかたちになっています。……まあ、その演出が過剰気味なせいもあり、なんかホモホモしい感じになってしまった感が否めませんがね。ブロマンスといえば聞こえはいい!

 この他にも、小説から改変した部分は多いです(多くの登場人物がリストラされ、エピソードの統合などなど)。前に何かのインタビューで監督が、「小説をそのまま脚本化したら4時間くらいの尺になり、2時間の映画に収まらない」みたいなことを話していた記憶があります。そういうこともあり、映画化にあたり大胆な改変が必要となったのです。

 その大改変の中で実に興味深いのが、ジャンルの微妙な変更です。

『屍者の帝国』の作中時代は19世紀。ロンドンから始まり世界各国を巻き込んだ大冒険へと発展していくのですが、この19世紀のイギリスって、産業革命の真っ最中なんですよね。で、この時代を設定にしたSFによく登場するのが蒸気機関です。つまりはスチームパンク。

 よって映画『屍者の帝国』も、スチームパンク色の強い作風に仕上がっています。それはもう、蒸気プシューで歯車グルグルで、スチームパンク特有のロマンガジェットが登場するバリバリのスチームパンクです。

 一方原作の小説はというと、同じ19世紀を舞台にしていますが、しかし意外とスチームパンクしていないという印象でした。小説版はどちらかというと、スチームパンクより歴史改変SFの要素が強いと思います。

 もちろん屍者技術という架空の空想科学は登場しますが、しかし小道具などは当時あったものを応用していますし、なによりメインは技術云々よりもヒューマンドラマよりだと読んでいて感じました。当時実在した人物や当時を舞台にした作品の登場人物が集まり、パスティーシュ的な要素を取り込みつつも屍者技術によって人はどう動き、世界はどう変化していくのか、という部分に焦点がある気がします。

 もちろん発展した蒸気技術やロマンガジェットが登場しないからスチームパンクじゃない!と言うつもりはありません。

 ただ「19世紀を舞台にしているからスチームパンクだ!」とした場合、原作小説はいうほどスチームしているのか……な?という気もします。

 個人的には、小説『屍者の帝国』は、スチームパンクではなく歴史改変SFだと認識しています。

 でもおそらく歴史改変SFを映像化すると、ものすごく地味な絵面になると思います。だからこそ見栄えのいい要素として、映画『屍者の帝国』はスチームパンク要素を増したのでしょう。歴史改変SFって文学的な側面がありますし、一方スチームパンクは多ジャンルにまたがるエンタメ的な側面があるかと。スチームパンクというジャンルは物語だけではなくファッションやアートの分野にも及びますから、アニメという映像媒体としてはうってつけなのでしょう。

 小説『屍者の帝国』は文学的な歴史改変SF。

 映画『屍者の帝国』はエンタメのスチームパンク。です。

 ……まあ歴史改変SFもスチームパンクも、どちらもかなり近い位置にあるジャンルですけどね。それこそ両方の要素を持っている作品なんていくらでもあるわけですし……。それらをまとめて懐古的な未来像(レトロフューチャー)なわけですから。そういう意味でいうならば『屍者の帝国』はレトロフューチャーです。

 そんな小説から大きな改変をした映画『屍者の帝国』ですが、しかしこの作品に関していえば、そんなに悪い改変ではないです。原作改変しているからダメな映画だ!みたいなことはむしろナンセンス。

 そもそも映画企画としてのProject Itohは、伊藤計劃作品の劇場アニメ化にあるのです。そういう意味なら、『屍者の帝国』の原作となる部分は、伊藤計劃が遺した冒頭部分のみとなるのです。

 そのため円城氏が書き継いだ『屍者の帝国』は、伊藤氏が一人で書き上げるはずだった『屍者の帝国』から改変したかたちになっているのです。出版された小説の時点ですでに違う内容で、本来の『屍者の帝国』がどのような物語になるのかは、もう誰も知り得ないのです。

 だからこそ『屍者の帝国』という作品は、伊藤氏が遺した原稿を小説という媒体で膨らませたのが円城氏による小説版であり、一方伊藤氏が遺した原稿を映画という媒体で膨らませたのが劇場版なのです。

 つまりは、伊藤氏が遺した原稿は「問い」です。「もし19世紀に屍者技術があったのなら」という問いに対して、小説版と映画版でそれどれ媒体の特徴を生かすかたちで違う答えを提示したのです。だからこそこの作品は、改変がどうのこうのと語るのは筋違いであり、小説と映画で違う内容になるべきタイトルなのです。

 なので、例えば『屍者の帝国』がコミカライズしたり舞台化したりと、メディアミックスした場合、漫画も舞台も小説版や映画版とはまた違うアプローチをするべきなのでは、とも思います。伊藤氏が遺した原稿から波及したかたちならば、制作者の数だけ『屍者の帝国』が存在するというのが、このタイトルの持つ特殊な部分だと感じますね。

 ……まあそういう意味の話になるのなら、映画版は残念ながら小説版に寄せ過ぎているかもしれません。

 小説版をベースにしているといってもですね、映画版では伊藤氏による冒頭部分が全カットされているのですよ。もう円城氏のパートだけを映像化したような感じであり、Project ItohならぬProject EnJoeだろみたいな。本来の企画意図としては本末転倒している感があります。それに円城氏の小説版から改変して映画化していますから、もうますますわけがわからねぇよ!状態。結局映画の原作は小説版じゃないか!

 ……な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何を言っているのか、わからなかった……。(ポルナレフ風)

 というわけで、これ以上原作がどうのこうのとかいう話をすると余計混乱するので、原作云々の話はここまで。

 あ、映像作品としての映画『屍者の帝国』は普通に面白いですよ。終始グロテスクでシリアスですけど、ドキドキハラハラのアドベンチャー感があって2時間があっという間です。

 ただ多くの人が「よくわからない」という感想を述べている作品でもあります。

 自分は映画初見で、見終わった後に小説版を読んで、そのあと映画館で二度目を見てきましたが、

 初見映画 「ヤベェ後半わけわからねぇ……」

 小説版  「嘘だろ余計わけわからねぇ……」

 映画二度目「なるほど! そういうことか!」

 という感想でした。映画は映画で超展開ですが、でも小説版を踏襲しつつも丁寧に噛み砕いているので、小説版よりもわかりやすいです。小説を読んだあとだと、映画版って丁寧に作られているんだなーとしみじみ思いました。

 まあそもそも、円城塔作品がよくわからない作風ですからね。「数理的な小説の第一人者」と称されていますし、多くの作品が前衛的です。この『屍者の帝国』は、円城塔作品の中でもかなりわかりやすい部類の作品です(これでも)。

 自分も円城塔作品をいくつか読んだことありますが、特徴としては、「よくわからない」という感覚を楽しむ作風、だと認識しています。

 そんな不思議な作風を映像で楽しめるのが映画『屍者の帝国』です。とても面白い映画なので、NETFLIX見れる方はこの機会に是非!

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