【映画】『ハーモニー』この才能を見出しただけでも価値のある作品

※この記事は、小説投稿サイト「カクヨム」にて2019年3月22日に公開されたものを一部修正して転載しています。

カクヨム版

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886711486/episodes/1177354054888851096

 前回と前々回、伊藤計劃作品『ハーモニー』の小説と漫画について語らせていただきました。今回は最後となる劇場版『ハーモニー』のお話です。

 劇場版『ハーモニー』は、フジテレビ「ノイタミナムービー」第2弾、「Project Itoh」の一環として2015年11月13日に公開されました。監督は『AKIRA』の作画監督などを務めたなかむらたかしと、『鉄コン筋クリート』の監督を務めたマイケル・アリアスの共同監督。アニメーション制作はSTUDIO 4℃が担当です。

 劇場公開されることが発表されたとき、自分素で驚きました。いやだって予想外過ぎたので。「知っている小説がアニメになる!」って感じでしたよ。もう楽しみで楽しみで期待感が半端なかったッス。

 あらすじ(東宝ページより転載)

 「大災禍」と呼ばれる世界規模の混沌から復興した世界。かつて起きた「大災禍」の反動で、世界は極端な健康志向と社会の調和を重んじた、超高度医療社会へと移行していた。そんな優しさと慈愛に満ちたまがい物の世界に、立ち向かう術を日々考えている少女がいた。少女の名前は御冷ミァハ。世界への抵抗を示すため、彼女は、自らのカリスマ性に惹かれた二人の少女とともに、ある日自殺を果たす。13年後、霧慧トァンは優しすぎる日本社会を嫌い、戦場の平和維持活動の最前線にいた。霧慧トァンは、かつての自殺事件で生き残った少女。平和に慣れ過ぎた世界に対して、ある犯行グループが数千人規模の命を奪う事件を起こす。犯行グループからの世界に向けて出された「宣言」によって、世界は再び恐怖へと叩き落される。霧慧トァンは、その宣言から、死んだはずの御冷ミァハの息遣いを感じ取る。トァンは、かつてともに死のうとしたミァハの存在を確かめるため立ち上がる。

「ハーモニー」 キャスト・主題歌発表 PV

「ハーモニー」劇場本予告

 はじめにこの映画についての感想を言うと「自分は好きですよ、この映画」です。PG12指定ですし、一部映画感想サイトでは「近年まれにみる鬱映画」と言われているくらいで、決して万人向け作品とは言い難いです。

 万人向けではない理由は多々あります。その辺りのことを簡単にお話していきます。

 伊藤計劃作品の劇場アニメ化企画「Project Itoh」ということもあり、映画本編は基本的に原作を再現したストーリーです。

 ただ二時間の映画作品となりますので、尺の都合上残念ながら原作を忠実に再現することはできず、原作小説の内容を掻い摘みコンパクトにまとめたものとなっております。その点でいえば、前回取り上げた漫画版『ハーモニー』とは真逆のアプローチです。

 それによってまず目立つのが、台詞の量です。全編にわたってずーーと喋っている映画ですね。台詞が多いアニメ作品となると、すぐに出てきたのが『化物語』とかでしょうか。でもこの『ハーモニー』という映画は『化物語』が可愛く見えるレベルの膨大な台詞量となっています。そして台詞の量が多ければそれだけ絵的に動かないのです。

 この『ハーモニー』という映画は、絵的に派手なシーンはあまりありません。SFアニメらしいスリリングなアクションなんてものもないです。精々冒頭8分の戦闘シーンがピークですね。この「派手なシーンがない」という要素が、アニメとして映画として不満を覚える要因になっているのかと考えます。「朗読劇を見に来たんじゃねぇぞ!」という感想もチラホラありました。

 ただ私個人の感想を言えば、こういう膨大な台詞で埋め尽くされている映像作品って大好きなんですよね。自分としては作画とかあまり気にせずストーリーを追いかけることに注視する性格なので、台詞が多ければ多いだけ作品の内容に没頭でき物語の理解と考察が捗るタイプなんです。なのでむしろ台詞に埋没できる貴重な作品として気に入っているくらいです。

 そしてもう一点としては、原作から省いた要素が多いということでしょうか。

 原作小説に比べ漫画版は解釈を深め補完するかのようにオリジナル要素を足していて、よりわかりやすい作りになっています(ただし漫画版はまだ完結していません)。とくに学生時代のシーンなんかはよく掘り下げられています。

 一方劇場版では、学生時代の場面はあくまで回想に留めており、メインは大人パートで事件の真相を追っていくというサスペンスやミステリーに寄せている印象です。回想シーンも合間合間で挟まれていますので青春らしさを感じることはできますが、より現在のドラマを追求しています。

 こうした学生時代の回想シーンをギュッとまとめたことにより、人物の背景の表現が説明的となってしまっているのです。またサスペンス性を重視した結果なのか心情表現も削減されていて、それによりシーンによっては人物の動機がわかりづらい状態になっています。とくにラストシーンでは「なぜ?」「どういうこと?」となりやすく、それ故結末に関しては賛否両論となっているのです。

 原作ではしっかりと、主人公霧慧トァンは自分勝手なソシオパスとして描かれています。しかし映画ではサスペンスに寄せたせいか終盤では「世界を救うヒーロー」みたいな見方ができてしまうので、そこからのあの結末となるわけですから余計に困惑してしまうのです。物語は世界規模の事態となっていきますが、トァンはあくまで自分個人として行動していて、原作の結末でも世界よりもプライベートを優先させた結果となっています。世界のお話ですが視点としてはどこまでも個人的で、ある意味ではセカイ系とさえいえるでしょう。その辺りの表現の差が、劇場版の評価が分かれるとことだと思っています。

 主にこの二点によって、映画初見の方にとっては「なんとなく理解できるけど台詞多すぎて拾いきれない」となり、原作ファンにとっては「原作をカットし過ぎ」となるわけです。ただ全部が全部そういうわけではなく、映画初見でも理解して楽しめている方の感想も見かけますし、原作ファンである私なんかは好きな小説が映像化しているだけで一定の満足を得られますので、決して悪い作品ではありません。むしろ自分にとっては近年稀にみる傑作SFアニメだと思っています。要は受け取り次第、どれくらい作品に引き込まれたかによると思います。哲学とかに興味がある方ならとても面白く感じるかと。

 あと強いていえば、劇場版は百合要素が強めです。というか完全にGL(ガールズラブ)作品です。百合は近年流行しつつあるジャンルですが、しかしメジャーかと言われればそうでもないのが現状。この百合要素を受け入れられるかどうかも問題になってくるかもしれませんね。自分は「百合サイコー!」と思っていましたし、そもそもどっかの作者インタビューで「次回作は百合です」みたいなことを言っていたので、原作ファンとしては百合要素歓迎です。

 ちょっといろいろとマイナスな意見を書き過ぎてしまいましたが、しかし劇場版『ハーモニー』は素晴らしい作品です。哲学的な内容というのもそうですが、映像作品としての演出方法も完璧です。水の入ったグラスに一滴の血が混入することで目の前の惨事に気がつくシーンとか、あと序盤のプールのシーンで社会の不満を吐露しつつも行動で三人の少女の性格を表現しきっているものとか、映像として悶絶級の演出で満足できます。

 全ては最初に述べた「自分は好きですよ、この映画」という感想に集約されるかと。刺さらない方にはつまらなく退屈で、刺さる方には時間を忘れて没頭できる作品。当たれば大きい映画です。自分は傑作だと思っていますよ。

 さて、様々な要因により賛否両論な傾向のある劇場版『ハーモニー』ですが、しかし一点「これは絶対に見た方がいい作品」と断言できる要素があります。

 それは声優の演技です。

 キャストに、主演に沢城みゆき、その他榊原良子、三木眞一郎、森田順平、チョー、大塚明夫と実力派ベテラン声優ばかりです。また洲崎綾の演技もイメージにピッタリです。(敬称略)

 そんなベテラン勢で固められたキャスティングの中で、物語の重要人物である御冷ミァハを演じるのが、声優の上田麗奈さんです。

 声優上田麗奈さんは、Wikipediaによると1994年生まれの現在25歳。2012年から活動をされているそうです。上田さんといえば、今期のアニメでは『私に天使が舞い降りた!』にてみゃー姉でお馴染みの星野みやこ役を演じていらっしゃいますし、去年ですと『SSSS.GRIDMAN』の新条アカネ役も記憶に新しいかと思います。その他様々な作品で演じられている人気声優さんです。印象としては2015年辺りからネームドキャラのキャスティングが増え、実際に目立つかたちで演技を拝見する機会が増えたと思います。

 劇場作品『ハーモニー』のキャスティングが公式発表されたのが2015年の夏。当時のキャストコメントによると一年前くらいからアフレコが始まったようなので、大勢のベテラン声優の中にデビュー二年の新人声優がいる状況です。しかも作品にとってかなり重要な悪役として。

 自分も最初キャスティングを見たとき「トァン役に沢城さんはイメージピッタリ」と納得しました。というか予想通りの配役でした。もうそれ以外の配役が考えられないくらいに。

 一方でミァハ役に上田さんが抜擢されたことについて最初の印象が、失礼ながら「誰?」でした。自分としてはノイタミナ繋がりで某A.K.さんが配役されると思っていたので、かなり意外でした。いやだって『屍者の帝国』では花澤さんが、『虐殺器官』では櫻井さんと、ノイタミナ作品に多く出演されている声優さん(勝手なイメージ)がキャスティングされていたので、てっきり『ハーモニー』もそうなのかと。

 そこで声優上田麗奈さんのことを調べて「ああ~なるちゃんか~」と思い出しました。なるちゃんとは、2014年アニメ『ハナヤマタ』の主人公である関谷なるのことです。ちなみに『ハナヤマタ』関谷なる役が上田さんの初主演です。

『ハナヤマタ』関谷なるは、もう絵に描いたようないい子ちゃんです。ちょっと気弱な性格ですけど純真な女子中学生で、声の演技も初心な感じが出ててピッタリな配役でした。そのキャラのイメージがそのまま声優さんのイメージとなったわけです。

 そのためミァハ役に抜擢されたことを受け、正直戸惑いました。いやだっていい子ちゃんの関谷なると、『ハーモニー』に登場する御冷ミァハって、まさに真逆なキャラクター性なので、どういう感じになるかまるで想像できませんでした。

 ただ実際劇場で作品を鑑賞してみると、キャスティングに対して抱いていた不安は杞憂だったことを思い知らされました。むしろこの上ないはまり役だったのです。

 こればかりは実際に映画を視聴した方がいいと思います。演技のよさを言葉で伝えるのは限度がありますので。ただあえて説明するとしたら、ミァハという人物の持つ不安定さを見事に表現されているということでしょうか。

 御冷ミァハというキャラクターは、表面的には美しさや可憐さがありますが、その内側にはカリスマ性であったりサイコパス具合であったりするものが存在しています。作中でも美少女と形容されると同時に、主人公からイデオローグと称されています。いわば「美しくイカれてる」や「綺麗に歪んでいる」といった特殊な女の子なのです。

 この「美しくイカれている」「綺麗に歪んでいる」役を、そのまま完璧に演じ切っているのです。これ実際映画館の迫力ある音響で聴いて背筋が凍りました。澄んだ透明感のある声なのに、言葉の一つひとつに恐ろしいものが込められているかのようで、声だけで「これはヤバい奴!」とわかるものがありました。

 いやもうただただ演技力に脱帽しましたね。「これがデビュー二年の新人さんですか!?」と思いましたよ。この才能があれば後々実力派声優として有名になるのでは、という確信を持ちましたね。その日は「声優上田麗奈」の名前を覚えて映画館を出ました。

 そして現在に至るまで、上田麗奈さんは多くの作品で見事な演技をされております。

 ただこれは個人的なことですが、「声優上田麗奈」の最高傑作は、今でも『ハーモニー』の御冷ミァハだと思っています。もちろん上田さんもキャリアを積んで演技力は進化し続けていますが、しかしミァハ以上のはまり役はないと感じています。

 自分は基本、新人だろうがベテランだろうが、はたまた声優ではなく一般の俳優やタレントや芸人でも、役に合っているのであればそれでいいと考えています。よく「声優以外をキャスティングするな!」と苦言を申されるアニメファンもいらっしゃいますが、声優さん以外でもちゃんと役作りができて棒読みにならず演技できる役者さんもいます。『君の名は。』とかいい例だと思います。

 話が逸れましたが、ミァハの演技を見る限り、難しい役でもしっかり理解を深めて役作りができる能力を、新人でありながらかなり高いレベルで持っていることに衝撃を受けました。

 以降「好きな声優は?」と聞かれた際、「推しの声優は上田麗奈さん」と答えるようになりました。そしてこれからもこの才能がより開花していくことを期待しています。

 とりあえず劇場版『ハーモニー』は正直賛否両論だけど、声優上田麗奈さんの才能の片鱗を堪能できる貴重な作品です。声優ファンであろうとなかろうと、この演技は必見です。

 という具合で、三回にわたり伊藤計劃作品『ハーモニー』について語らせていただきました。国内SFでも屈指の傑作SFは、原作である小説のほか漫画版や劇場版などといった様々な媒体で展開されています。幅広く展開しているので気軽に手に取りやすいかと思います。ただし内容はかなり濃厚で、深く考えさせられて長く余韻に浸れる奥深さがあります。

 今年で伊藤計劃没後10年の年となりますが、この機会に伊藤計劃ワールドに浸ってみるのはいかがでしょうか? 素晴らしい体験ができますので是非どうぞ!

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