【漫画】『イヴとイヴ』を読みました。これぞまさに百合SFの決定版!

※この記事は、小説投稿サイト「カクヨム」にて2019年1月26日に公開されたものを一部修正して転載しています。

カクヨム版

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 S-Fマガジン2月号の百合特集にて紹介されていた『イヴとイヴ』という漫画が気になっていまして、で、ようやく読めました。『イヴとイヴ』は一迅社から出版されています。そう! あの一迅社から!

 一迅社といえばコミック百合姫が有名ですね! 『ゆるゆり』のテレビアニメ化が大ヒットし、その後隔月発行から月刊誌に変わり、昨年も『citrus』のアニメ化があってさらに今期は『私に天使が舞い降りた!』のアニメが絶賛放送中! そんな百合の大御所の一迅社ですよ。

 この『イヴとイヴ』は短編漫画を集めた作品集で、収録作品の半分以上がコミック百合姫に掲載された読み切り作品のようです。百合専門誌での掲載ですのであくまでメインは百合なのですが、しかしこの『イヴとイヴ』に収録されている短編作品はSFとしてもなかなかいい……といいますか、百合とSFをうまいこと融合させているという印象を受けました。

 そんなこんなで、今回は『イヴとイヴ』で百合SFのお話。

『イヴとイヴ』は全部で6編の短編作品が掲載されていまして、そのうち『奇跡の好きを遺したい~宙~』『エーコとリーザの場合』『永遠一号二号はイヴとイヴ』の3作品がSFものとなります。

 作品たちはそれぞれ独立した作品なのですが(単行本書き下ろしとして世界観を共有させたエピローグはありますが)、しかしどの作品もある種「永遠」がテーマになっていまして、とくに『奇跡の好きを遺したい~宙~』と『永遠一号二号はイヴとイヴ』は百合としての明確な「永遠」を表現しているところがとても興味深いです。

 また百合というジャンルを下地にSFとしてのアプローチも、3作品とも違います。ただ実際、SFでの百合の表現というものを考えてみると、確かに自然とこの3パターンに落ち着くかもしれないと思うようになりまして、そういう側面からいうとこの『イヴとイヴ』という短編集は百合SFの教科書的な王道さがあり、お手本として勉強できると思いますので、百合SFに興味のある方なら読んで損はない一冊だと感じましたね。

 ということで、『イヴとイヴ』収録作品を通して百合SFとしてのアプローチを掘り下げていきます。

 まず第一作『奇跡の好きを遺したい~宙~』です。こちらは文明崩壊後の都市を女の子二人で探索していくお話で、タイトルにもある通り、滅んだ世界で自分と相手との感情を何かしらのかたちで残したい、というのがお話の肝になる部分です。

 所謂ポストアポカリプスや終末ものに分類されるSFですが、よく考えてみるとこうした終末ものは百合ととても相性がいいのです。

 現実世界であれば、例えば社会的な障害、マクロ的にもミクロ的にもセクシャルマイノリティとしての葛藤は避けられません。それはたとえフィクションであっても、現代で描く以上何かしらのかたちで立ちふさがる題材かと思います。主人公の視点から言えば『citrus』や『やがて君になる』も最初はノンケスタートですしね。

 でもここでSFとしての文明崩壊を下地に世界そのものをリセットしてしまえば、そういった葛藤を排除することができます。なにせ世界にたった二人しかいませんので、その二人自身が今のスタンダードとなるわけですから。いろんな意味でやりたい放題だし、たとえ葛藤があったとしてもそれはセクシャルマイノリティとはベクトルの違う問題となるわけです。

 またこうしたセクシャルマイノリティの面とは別に、世界にたった二人しかいない状況というのは、単純に二人の距離を縮める要因となります。なにせ文明そのものが崩壊しているので、二人が協力してサバイバルしていかないと生きてはいけないのですから。

 この辺りの「世界にたった二人だけの状況」という百合×終末は既存の作品でも題材にされ、漫画作品であれば『少女終末旅行』であったり、小説では『ノノノ・ワールドエンド』だったりが該当するかと。終末という世界観では二人の関係は共依存といってもいいくらいの深い繋がりとなりますので、そこに百合としての尊さを感じやすいのかもしれませんね。

 あと特別な環境に設定するということなら、ディストピアものでも可能かと思います。他には、例えば二人で小型船に乗って冒険する宇宙SFや海洋SFとかもイケそうですね。

 続けて二作品目『エーコとリーザの場合』です。こちらはセクサロイドが登場する話ですが、そのセクサロイドの持ち主は女性漫画家。ポーズの参考などといった資料としての役割と、その他簡単なアシスタントという労働力として活用しており、本来の機能を全く使っていない、というストーリー。そこに百合漫画の執筆依頼が来て……さあどうしようという内容。

 こちらは所謂アンドロイドものになります。つまりは「ヒトとモノ」との関係。この人とロボットとの接し方を題材にした作品はもうすでに多くあります。『イヴの時間』とかそうだったと思います(見た記憶はあるけど内容が全然思い出せないけど確かアンドロイドが出てきたはず。間違ってたらごめんなさい)。あとは恋愛を全面に推した『プラスティック・メモリーズ』とかありますし、小説作品であればそれこそ『BEATLESS』とかあります。

 ただこうした人間とアンドロイドを描いた作品は男女の関係が多いと思います。もちろん「ヒトとモノ」という題材として恋愛ものにつなげやすいという事情もありますが、しかしそれならばガールズラブでも可能だと思います。実際に男女で描くか女性同士で描くかの違いですし。

 それに「ヒトとモノ」という題材は哲学的なアプローチが可能ですし、さらには『BEATLESS』のようにアンドロイド社会がどういったものなのかという、近未来SFとしての追究ができますので、百合SFとして百合を描きつつもグッとSFに寄せることもできるかと思います。どうしても「ヒトとモノ」という題材は安直になりがちではありますが、しかし設定や描写いかんでは百合としてもSFとしても奥深い作品にいくらでも仕上げられると感じますので、百合とSFを融合させるという点では「ヒトとモノ」はなかなかいい題材なのではと思いますね。

 最後に『永遠一号二号はイヴとイヴ』ですが、これが結構サイコな作品でした。百合カップルが永遠の関係になるために、人の脳をパーツに使ったコンピューターに自分たちの脳を提供し、機械として共に稼働し続けるというお話。二人がウエディングドレス姿で手術台に座っているシーンや、機械に繋がれた二人の脳が会話している見開きページなど、衝撃的なコマがある作品です。

 これはもう、精神として百合が成立するなら肉体はいらないよね、というような、言わば百合の究極系のような意欲作ですが、しかしこうしたぶっ飛んだことができるのがSFの強みかと。現実を舞台にした百合では描けない、百合SFだからこそ表現できるものもあると痛感させられましたね。

 こうしたぶっ飛んだ百合というと、例えば『最後にして最初のアイドル』とかは死んだ相方をグロテスクな怪物として復活させ最終的には宇宙創造の話まで引っ張っていくという、百合として始まってトンデモSFにしていく作品もあります。

 また『仮想(おもかげ)の在処』はという短編小説は、生まれた直後に双子の姉が死亡し、その後姉の脳をスキャンして電子化することで仮想存在として姉が生き続けるという内容で、現実で肉体がある妹の視点によって、コンピューターの演算結果によって成長する仮想の姉と家族の歪みを描いたSF作品もあります。この『仮想(おもかげ)の在処』は『伊藤計劃トリビュート』というアンソロジー作品に収録されています。傑作SFですので是非。

 話がそれましたが、「この作者頭おかしいんじゃねぇの!?」と突っ込みたくなる百合はSF化するしかないかと。SFでは予想の斜め上を行くような過激なことができるので、百合SFとして書く場合、既存の百合を超えた個性的で挑戦的な作品を生み出すことができるかと思います。

 といった具合で、SFの特性を生かして百合を発展させた作品が載っているのが『イヴとイヴ』という作品集です。百合とSFの基本を的確に押さえているので、なかなかにいい漫画でした。

 最後にレイティングについて。

 ガールズラブ作品としてガッツリ本番をしている作品がほとんどなのでご注意を。というかこれほぼエロ漫画だよ!

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